We give our clients the confidence to make Iconic Moves

Voice of Japan 09
普遍的なパーパスに要注意?パーパスの具現化における落とし穴

3行でまとめると:

  • 普遍性が高く見えるパーパスであっても、時に生活者はネガティブな反応を示す
  • ネガティブな反応は、その生活者セグメント特有の価値観とパーパスが示す価値観とのGAPに根差している
  • 企業は、パーパスをはじめとする普遍的なコンセプトを出発点としてプロダクト・コミュニケーションを着想する際は、ターゲットの価値観との親和性について慎重な検証が重要


イントロダクション

みなさんの勤める会社は、企業の存在意義を示す「パーパス」を持っていますか?

ビジネスパーソンの方であれば、ここ数年、パーパスという言葉をよく耳にするようになったのではないでしょうか? 2022年7月に、インターブランドでは、大企業におけるパーパス経営の実態把握を目的として、「パーパス経営調査」を実施しました。その調査によると、パーパスを持っていると答えた企業は約30%に及び、さらにそのうちの約30%は「過去3年以内にパーパスを策定した」と回答しており、ここからも直近のトレンドとしてパーパス策定があったことが伺えます[1]。
そうした中で、次のトレンドとして、パーパスを事業活動(商品・サービス、コミュニケーションなど)に落とし込んでいく動きが強まっています。例として、富士通株式会社の事業ブランドである「Fujitsu Uvance」が挙げられます。同社は「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスを掲げており、本事業を「パーパスを実現するための社会課題の解決にフォーカスした事業」として位置付け、事業活動に取り組んでいます[2]。

このように、概念としてのパーパスが、徐々に事業として具現化されつつある中、それに実際に触れている生活者は、どのように感じているのでしょうか?そこに、パーパスの具現化におけるヒントがあるのではないでしょうか?

インターブランド・ジャパンでは、生活者オンラインコミュニティRIPPLEを通して、様々な年代からなる生活者300名と継続的な対話を行い、日々変化する暮らしの状況に合わせて人々の内面はどのように変化しているのか理解しようとしています。今回は、RIPPLEコミュニティのメンバーの声をもとに「パーパスの具現化におけるヒントは何か?」というテーマについて、生活者視点で考えます。

このテーマに取り組むにあたって、「誰もがありのままの自分でいられる社会を実現する」というパーパスを掲げている、女性向けのファッションアイテムを提供する企業を架空的に想定しました。その上で、そのパーパスが象徴的な形で表現されている広告サンプルを提示し、それに対して、「好意を持つ人、違和感を持つ人はそれぞれどの程度いるのか?」「どのような人が好意を感じ、どのような人が違和感を持つのか?」という点を検証しました。

パーパス「誰もがありのままの自分でいられる社会を実現する」を象徴するサンプル広告媒体イメージ

1. 普遍性が高く見えるパーパスであっても、時に生活者はネガティブな反応を示す

先ずは、この広告に対して好意を持つ人が多いのでしょうか?そうでない人が多いのでしょうか?
結果としては、「好意」については、“大変好き/やや好き”のポジティブ回答は79人中47人、“全く好きではない/あまり好きではない”のネガティブ回答は79人中16人でした。また「共感」については、“大変共感できる/やや共感できる“のポジティブ回答は79人中55人、“全く共感できない/あまり共感できない”のネガティブ回答は79人中15人となり、「概ねポジティブな評価を獲得している」「一方で、違和感を持つ層も一定数存在する」ことが伺えました。このことから、「誰もがありのままの自分でいられる社会」という考え方は、一見すると聞き心地が良く包容力を感じさせるものであるものの、画一的に強く支持されるものではないようです。

では、好き嫌いの背景には、どういった考え方や状況があるのでしょうか?

生活者からの声を見てみると、社会が理想像として提示する美に対して、今の自分を無理に寄せていかなくてもよいという考えや、現代社会におけるストレスからの解放を感じて、これを好むような反応がみられました。

ありのままの自分で精一杯頑張らなくてよい、というフレーズは現代のギスギスした社会や生活などのストレスからほっと一息解放された気分にさせてくれると思います(女性20代)

ありのままでよいというところが、無理をしない自分らしさが良いと、気が楽になりよいと思いました。(女性40代)

今の自分を変に繕ったりせずに自然な形でいていいんだよ、と励まされているのかなという感じはする。(女性50代)

他方、違和感を持っている生活者はどうでしょうか?
自分が信じている美に向かって努力をしているにも関わらず、そうでなくてもよいという考え方を突き付けられ、違和感を持っている様子がうかがえました。

ただの言い訳にしか聞こえない(女性20代)

現状維持を肯定してくれる、一時的な癒しでしかないと感じます(女性20代)

自分の殻を破ることをあきらめても良いのか、というふうにもとれてしまう(女性50代)

2. ネガティブな反応は、層特有の価値観とパーパスが示す価値観とのGAPに根差している

次に、違和感を示すのは、どのような人なのでしょうか?
結果としては、広告に対する好意や共感は、20-30代の方が低い結果となりました。具体的には、好意に関しては、40-60代は、「あまり好きではない/全く好きではない」が50人中7人と少なかったのに対して、20-30代は29人中9人と 全体数に対して多い結果になっています。また、共感に関しても、40-60代は「あまり共感できない/全く共感できない」が50人中7人と少なかったのに対して、20-30代は29人中8名と全体数に対して多くなっています。

では、なぜ若年層は違和感を持ちやすいのでしょうか?違和感を示した生活者の声を深堀してみました。

コンプレックス解消のための努力を否定しないでほしい(女性20代)

努力はいいことなのに、それをしなくてもいいと言われた気分(女性20代)

美しく痩せるために頑張っている自分が好きなのに、それを無駄だと言われてる感じがする(女性20代)

これらのコメントからは、「自分の理想を実現したい」「そのために一生懸命頑張りたい」という、努力を通じた自己実現に対する強い情熱が読み取れます。だからこそ、この広告が示すような、「ありのままの自分でいられる社会」といった内容に触れると、自分の努力が良いものでも悪いものでもないと肩透かしを食らったような感触を受けるのではないでしょうか。このことから、世の中で支持を得つつある考え方に沿ったパーパスであっても、特定の価値観を持った層にはフィットしない可能性があることが伺えます。

4.企業は、パーパスをはじめとする普遍的なコンセプトを出発点としてプロダクトを着想する際は、生活者の価値観との親和性についての慎重な検証が重要

こうした結果を踏まえて、各企業に求められることとしては、「ありのままの自分でいられる社会を実現する」を始めとする一見普遍的なパーパスや、社会全体のムードとなっている考え方が、どの層にも画一的に、同程度にポジティブに受け入れられるものではないことを認識することではないでしょうか。パーパスの事業への落とし込みに対する、現場側の声として「パーパスという存在意義の実現に向けて、どのように実際の事業と連動させたらいいかの“How”がわからない」という内容がよく見受けられます。今回のように、普遍的に見えるパーパスが特定の層においては支持されない場合があるという事実を踏まえると、パーパスを商品・サービスのアイデアに落とし込み始める前に、「そのパーパスはどのような層であればより受け入れられやすいのか」「それはどういった価値観に根差しているのか」などについての考察を、生活者との対話を通じて丁寧に行っていくことが、一つの重要な点となるのではないでしょうか。たとえば、自社の業界に限定せず、他業界も含めて、パーパスを体現した象徴的な商品や、コミュニケーションのサンプルを作成した上で、それに対する生活者の反応やその背景を確認するといった手法が考えられるでしょう。

参考文献

  1. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000145.000000092.html
  2. https://pr.fujitsu.com/jp/news/2021/10/7.html

RIPPLEコミュニティでは今後も生活者の意識変化の兆候を捉えるための活動を行っていきます。最後までお読みいただきありがとうございました。


Yosuke Miyata
Interbrand Japan Senior Consultant

外資系コンサルティング会社にて、デジタル戦略、コスト削減、組織設計・再編、サプライチェーン戦略、デジタルアプリケーションの構築・導入など経営に関わる幅広いテーマに従事。インターブランドでは、パーパス・ビジョンの策定、ブランド戦略の策定などのテーマを中心にクライアントを支援。