世界はアップデートする。ブランドは創造力を発揮せよ。 | インターブランドジャパン

世界はアップデートする。
ブランドは創造力を発揮せよ。

クリエイティブ・エグゼクティブ・フェロー
松尾 任人

本企画がスタートして約一か月が経つが、ブランドに何ができるかと改めて考えさせられる。非常事態宣言下においては、ブランドは喫緊の課題でないように思えたからだ。しかし、それでもブランドは行動し、人々の気持ちに訴えかけ、そしてこれからの事業存続を模索している。

 

ブランドは、社会の空気を敏感に感じとった

この非常事態宣言が過ぎ去ってしまえば、全てがまた元に戻る日が来るかもしれない。
しかし考えざるを得ない、こうした状況下でブランドにとって意義のある活動とは何なのか?

3月末、新型コロナウイルスの影響で最も多くの犠牲者を出したイタリアで、ヴォーグ誌は急速に悪化する情勢を受け、その表紙を「白紙」とする決断をした。(Vogue Italia)
人の命が危機にさらされている状況下で不要不急は二の次だ。
「スーパーモデルやセレブリティが表紙を飾り立てる時ではない、今は平常時とは別の価値観・新たなストーリーの提示が必要」とばかりに、ブランドに関わる人々の感性が、社会の空気感の変化を敏感に感じ取り即座にすべき行動を起こしている。

社会の喫緊の課題、医療現場での資材の不足や、人々の差し迫ったニーズへのブランドの対応は早かった。LVMHグループはじめ、世界のラグジュアリーブランドが次々とマスク生産や消毒液の製造を発表、アップル、ダイソン、メルセデスなどが、医療用シールドや人工呼吸器の製造を発表と、次々に伝わってくる各ブランドのニュースに、心の底ではワクワクしていた。「ああ、あのブランドはやっぱりやってくれた」という大きな納得感を感じてしまったのは私だけだろうか。

経営トップの対応も際立ったものだ。
ツイッターCEO ジャック・ドーシーは早い段階で約1,100億円相当もの寄付を行うことを表明したが、マイクロソフト創業者のビルゲイツ、アップル、グーグル、アマゾン、ファイスブックなど世界をリードするブランドの寄付や支援の発表が次々と続き、正直そのスケールにクラクラしながらも、「ああ、あのブランドは私たちの味方だったんだ」と、それらを選んできたことに納得をしているのは私だけでは無いはずだ。

こうした状況下で、ブランドはその評判にふさわしい対応が求められる。社会の空気を敏感に感じ取り、素早いレスポンスで、社会に対するスタンスを明確にし、トップ自らがコミットすることが評価される。
インターブランドの価値評価モデルでも強いブランドに必要とされる要件だが、それがこの最中であらためて試された格好だ。
社会や人々に意義のあるものを示し、機敏に行動に移していくブランドの姿勢は、この状況が一息ついた後も人々の記憶に強く残っていくに違いない。今、ブランドは時代時代の社会との関わりの中でどのようなパーパスを描きメッセージをすべきなのか考える時だ。人々は待っている。

 

世界はリセットされ、新たな時代がやってくる

緊急事態宣言後の日本でこうして不要不急を休止しようとすると、いかに世界が不要不急で満たされていたかが改めてわかる。これから先、人々はそれを懐かしく思い取り戻そうとしてくれるのか。しかし、世界は別の道を歩みはじめているのかもしれない。だとしたら、ブランドに求められることは変わってしまうのだろうか。

人気のない街に立つ、モール、ブティック、カフェ、レストラン、個性を競ったモードな人々、そのすべてが夢のようだ。隔離生活が長くなるとそうした全てが懐かしい。さらに厳しい隔離状態にあった欧州の人々の中には、ドラッグを断たれたかのように抑えきれない感情を語る者もいた。
一方、皆が家の中にいて、人と距離を置くライフスタイルが長くなってくると、そうした生活での新しいニーズも生まれてくる。ジムが閉鎖し運動不足に陥っている、毎日の食事に変化が欲しい、時間があるのでオンラインで新しいことにチャレンジしたい、などなど、様々な欲求が生まれてくる。
世界のブランドは、そうした人々の気持ちに答える活動を早々に始めている。

 

アップルは早々に、世界中のクリエイティブプロフェッショナルによるラーニング・プログラムをオンラインで公開した。(Today at Apple at Home)
ナイキも、トップアスリートを起用したオンラインワークアウトプログラムを開始。
MoMAは、現代アートや写真、ファッションについてのオンラインコースを提供している。
グッチは、フィレンツェにあるグッチガーデン・レストランの秘蔵レシピを公開している。
ディオールは、そのブランドの歴史を回顧する大規模な展覧会をオンラインで提供する。
ロンドンコレクションは、オンラインで6月に開催予定だ。

 

こうした社会や生活の変化への対応は、同時にこれからの未来にブランドの事業に利益をもたらすものであろう。そこには、不要でも不急でもないが不可欠なニーズ、人々が捨て去ることのできなかったニーズ、これまでの世界では想像もしなかったニーズ、そうした新しい真実が生まれ始めているのだ。未来は今日の延長にある。この変化の時に、顧客の心理に何が起こっているのかを知り、変化をトラックし、深く掘り下げ、一歩先に立たねばブランドの未来は無い。
不遜な言い方だが、ピンチはチャンスであるということだ。
変化があるということは、ギャップを埋める大きな仕事があるということなのだ。

 

かつての常識はアップデートを始めている

コンピュータが企業にも導入されはじめてからすでに半世紀が経ち、インターネットが大衆のものになり四半世紀が経った。それでも人々は満員電車で通勤し、職場で机に向かい、対面で商談や会議をし、挨拶状を封書で送り、新幹線で頻繁に移動をし、夜の街で交流することを止めなかった。
しかし緊急宣言事態下では、働き方、暮らし方を変えざるを得ない。今まで何の疑問も持たずに続けてきたことが、強制的にリセットされる。そして、今まで気づかなかった発見が生まれ、常識が大きく変わっていく。

本音を言えば、通勤時間やラッシュアワーを避けることで一日が充実する。オンライン会議は短く要件が済ませられて効率的だ。仕事をオンラインでできれば首都圏に住むメリットも少ない。できることなら全国各地を旅しながら働くのもよい。経営側の立場で言っても、社員全員のデスクは必要なさそうだし、今の家賃は何とももったいない。たまに行くオフィスなら都心の一等地でなくともよい。今までは常識と思っていたことが急に疑問に思えてくる。
もしかすると、これから先、対面の会議などはよほどの場合の特別なもの、名刺交換は特別な儀式になっていくのかもしれない。

暮らしの価値観も変わった。出かける機会は減ったので、家族と一緒に楽しめることに時間や金銭を配分したい。洋服やコスメよりも、自分磨きや健康にお金をかけたい。新しい趣味を始めたい、新しいことを勉強したい、外食をしなくなったかわりに料理の幅を広げたい。
車や自転車にもシェアリングが普及してきたが、公共交通機関での移動を避けるためには自家用車が欲しい、他人が使ったものには触れたくないというとの理由で、これまでとは異なる衛生観やニーズが生まれつつある。

私はこの変化を感じて「第三の波」のアルビン・トフラーによって描かれていたイメージを思い起こしていた。日本では80年に出版された、今や紙の古本でしか読むことのできない書籍だが、記憶がある方はぜひとも思い出して欲しい。まだインターネットも、携帯電話すらなかった時代に、国家より大きなグローバル企業、エレクトロニック住居、プロシューマーの出現、フラットな組織など、今読んでもまったく色褪せない示唆やアイディアで溢れている。今日的に翻訳すると、GAFA、リモートワーク、D2C、ティール組織と言えばイメージしやすいだろう。

もしこれらに示されたように社会が変わっていくとすると、これからの常識では、通勤は必須のものでなくなり、職場は必ずしも必要なものでなくなる。働くことと暮らすことの垣根がなくなり、都会と地方かの選択も重要ではなくなる。そんな時代がやってくる。

ブランドは、人々の暮らし方、働き方、意識の変化に応える必要がある。消費やビジネスの仕組みさえも変わっていくその先の未来を予見し、次代の顧客との関係や信頼構築を考えていかなければならない。
これからの未来、顧客の心理やニーズの変化をどうやってとらえ、どのような事業にフォーカスしていくべきなのか。不安を抱える社会でどんな言葉で顧客の共感を獲得していくのか。

オンラインへシフトする中でブランドのジャーニーをどのように描き、どの顧客接点に注力していけばよいか。物理的な接点が制限される中、どうやって豊かなブランド体験を創り、顧客との絆を深めていけるのか。
そもそも、人と人との物理的な接触が限られてしまった世界で、ブランドが無ければ新たな顧客へのアプローチすら難しい時代がやってくる。ブランドはこれまで築いてきた資産を活かし、今こそ未来へ向けたアクションを始める絶好の機会ではないだろうか。

 

第三次大戦後の世界、ブランドの創造力が試される

本企画の中で、今の緊急事態宣言下の世界を「第三次世界大戦」と例えた。
(該当アーティクルはこちら: 第三次世界大戦勃発。敵はCOVID-19
歴史を振り返れば、第一次大戦中女性も労働の場へ出ていかざる得なくなった、そしてシャネルはオートクチュールとコルセットに支配されたファッション界で、いち早く近代流通や既製服の到来を察知し、次の時代の女性たちにふさわしいモードを確立した。
カウボーイの代名詞だったワークウェアは、第二次大戦を通じて労働の場で女にも普及することになったがリーバイスはその品質で評判を得た。戦後はジーンズとして、ヒッピー文化を象徴する自由と平等のアイコンとなり、今日ではカジュアルファッションのスタンダードになった。
偉大なブランドが大きな変革期には誕生する。今まで顕在化していなかった常識の変化を感じ取り、創造力を働かせ、新たな常識をリードしていくことで、偉大なブランドは偉大な進化を遂げることができたのだ。

これから先、コロナがどのように収束していくのか予断を許さないが、どうなるにせよ、すでに火蓋は切られたのだ。今は皆が、医療や経済を安定させることに、ビジネスや生活を安定させることに躍起にならざる得ないタイミングだが、これから先、社会や人々の価値観がどのように変わっていくのか創造力を発揮してほしい。社会の空気感を感じ、人々の意識の変化や隠れた真実の声に耳を傾けて欲しい。そして各々のブランドに何ができるか創造力を最大限に発揮し、機敏に行動しメッセージしていく必要がある。 今ここに、未来へ向けブランドを大きくムーブさせる千載一遇のチャンスがあるのだから。

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