
危機下に発揮される、“社員の底ヂカラ”
今こそ全社員が主役、
“実態創り”ドリブンのブランディングへ
エグゼクティブ・ディレクター
クライアントサービス&ソリューショングループ
薄 阿佐子
危機下において、より発揮される社員の底チカラ
新型コロナウイルスで未曽有の事態に陥ってから数か月が経過した。その間、新型コロナウイルスに抗い、医療従事者をはじめ、多くの生活者に対して少しでもお役立ちしようと多くの企業が絶え間ない努力を重ねていらっしゃるお話をよく耳にする。本業を生かして、あるいは本業を横において、こうした状況下で何ができるか、考え抜いてリスクを取っていらっしゃる多くの企業の姿勢をみると、本当に頭が下がる思いである。
こうした状況下でそのような動きが迅速にできるのは、経営陣の的確で迅速な意思決定、それに基づいた実行方針策定、その方針に基づいて実行していく、といった一連の活動がスピーディーに行われているからにほかならず、そしてそれを成し得ているのは経営層、幹部層、一般社員層含むすべての社員であり、そうしたひとり一人の日々の意思決定や行動の積み重ねが企業を動かしているのである。 以前、「ブランド創りはヒト創り」というテーマで事業・ブランド経営にいかに社員が重要か、お話しさせていただいた。この状況下における企業の対応を拝見していると、よりこうした有事の際に重要になってくるのは全社員ひとり一人の「人財力」であり、今後、こうした有事がある意味常態化されていく世の中になっていくともいわれる中、いかに平常時から社員に意識付けを行い、自律的な行動がとれるような環境を作っておけるかが、今後の長期にわたる企業成長のカギを握るのではないかと、改めて実感している。
今回は、ブランディングに関わるほとんどの企業の方が悩まれているといっても過言ではない社内エンゲージメントについて、今後、社員の方々によりチカラを発揮いただくためにはどのようなことがポイントになるのか考察してみたい。
こうした危機下において、差が出る、企業の行動
冒頭に申し上げた通り、こうした危機下の状況において、多くの企業がより社会に貢献できるような活動をされていらっしゃる。その中で、社会的意義(パーパス)、並びにそのブランドならではのコンセプトが明確で、それが平常時から社員に刷り込まれている企業ほど、よりスピーディーに顧客に訴えうる行動を起こして人々の強い印象付けにつながっているように思える。
例えば東京ディズニーリゾート。2011年の東日本大震災の際には、東京ディズニーランド、ディズニーシーにおいて、多くのキャストのマニュアルにはない自律的な行動が、多くのゲストの安全を守り、安心させたとしてニュースに取り上げられ、評判になっていた。そうした行動の背景には、常日頃から、“Happiness”というディズニーブランドのDNAに基づき、それを実現するための行動指針が刷り込まれていたからだという。また、この状況下においても、“Happiness”という考え方のもと、自宅にこもっている人々や、パークに来られないゲストのために、自宅に“Happiness”を届けるべく、Frozen2をDisney+ストリーミング・チャネルで予定より3か月早くリリースするなど、スピーディーなアクションを取っている。
そもそも、ブランド価値向上の最初のステップは、社員から。
ブランドは、まず社員に働きかけ(良い人材を惹きつけ、優秀な社員が辞めることなく、既存人材のパフォーマンスを高める)、そこから創り出される事業活動を通じて顧客に良い影響を与え(選んでもらい、高くても取引・購入してもらい、将来にわたって選び続けてくれる)、その結果、ブランドの価値が高まっていく。
これは、インターブランドが考える“ブランドとは何か?”という考え方の一つであるが、新型コロナウイルスにおける様々な企業の対応を通じて、改めてこの社員からスタートする“実態創り”ドリブンのブランディングの重要性が明らかになったのではないかと思う。よく、ブランドプロミスを策定したら、それを社外にコミュニケーションすることで認知理解を獲得しようとしている企業が、特に日本においては多いように思う。しかし、その一瞬は良いが一過性になりやすく、例えば広告等のコミュニケーションができない状況になると効果が下がってしまう。あるいは、それを恐れて広告投資をし続けなければならないというスパイラルに陥る。しかし、きちんと社員がブランドを理解・共感し、企業体質化することで良い人材が集まり、良い商品とサービスが提供され、良いタッチポイントが創り出され、良い接客が行われ、良い広告コミュニケーションが行われ、その結果、実態あるブランドが創られる。そして、広告投資ができない状況においても揺るがない持続的な強さを持つブランドが育成され、結果、高収益をもたらすのである。
ちなみに、インターブランドのブランド価値評価においても、“社員にどれだけブランドがエンゲージメントされているか?”を重視している。ブランド価値評価の分析項目の一つ、ブランド強度分析は、様々な企業にブランド価値向上の進捗を確認するKPIとしても活用されており、社内4要素、社外6要素から成る。社内4要素は「どれだけ社内にブランドがエンゲージメントされているか?」を評価するものであり、かつ、社内エンゲージメントをうまく進めるためのコツでもあるのだ。

では、この4つの要素が、今回の新型コロナウイルスの影響を受けて、何がより重要になってくるのか、みてみよう。
With/Postコロナ時代において、成功する社内エンゲージメントのポイントとは?
これまで様々な企業からお伺いしたブランディング推進上の悩み、その中でダントツに多かったのが、「ブランドプロミスをせっかく策定したのに、それがなかなかうまく社内に浸透できない」ということであり、結果を出す前にトーンダウンしてしまっているケースも散見される。特に日本企業においては、コーポレート・スタッフ部門、事業関連部門、また事業関連部門間がスムーズに連携が取れにくいというガバナンス上の課題もあるからか、よりその傾向が強いのではないかと感じる。
しかしながら、今回の新型コロナウイルスの状況で改めて確認されたことが、いかに不測の状況において的確に判断し、行動できるか、そのためにいかに日ごろからブランドの考え方を理解共感し、行動できるような状況にしておくか。がより重要になってくる。
以上の観点から、危機下にこそ社員のチカラがより発揮される環境を今のうちから整えるためにはどうすればよいか、そのポイントをブランドエンゲージメント4つの視点から整理してみた。
① Clarity(概念明瞭度):ありたい姿が明確になっているか?
- こうした危機下にあって、生活者は企業に対して、「社会的意義のある貢献をしているか?」を期待している。
- 従って、社会的意義のあるパーパスを意識したブランドプロミスが存在するか?
② Commitment(関与浸透度):経営・社員がそれに十分コミットしているか?
- そうしたブランドプロミスをもとに、経営陣、リーダー層、一般社員を含む全社員が理解共感し、行動につながり、事業として実態化されているか?
③ Governance(統治管理度):ブランド管理の仕組みが機能しているか?
- 社員ひとり一人の行動変革につながる仕組みがサポートとして整っているか?
- ブランドの事業における実態化をスムーズにしうる組織連携体制が整っているか?
④ Responsiveness(変化対応度):環境変化に柔軟に適応できるか?
- 変わりゆく顧客意識を随時捉え、経営の意思決定に反映できる仕組みになっているか?
- 社員の意識変化や、ブランドの実態化の進捗を常に把握して、適切に戦略を更新、進化させているか?
ブランドプロミスをもとにしたカルチャー創り、事業創り、ヒト創り
以上、4つの視点から、今後の社内エンゲージメント成功のポイントを簡単にご説明させていただいた。せっかく定義したブランドプロミスを風化させず、全社員にうまくエンゲージメントさせるやり方は企業によってさまざまであり、一つの万能薬はない。しかし、より効果を発揮する「実態創り」ドリブンのブランディングに向けて、一つの方策としてお薦めしたいのが、ブランドプロミスを創ってから社内に浸透する、といったように、その取り組みステップを分けるのではなく、ブランドプロミスを策定する際に、ブランドプロミスの実現に向けた道筋と、それを可能にする社員のBehaviorも一緒にセットで、社員を巻き込んで検討していく、というやり方である。つまり、ブランドプロミスとともに、カルチャー創り、事業創り、ヒト創りを、イニシャルの戦略策定時に一緒にやってしまおうという試みである。
こうした「実態創り」ドリブンのブランディングは、一過性の取り組みに終わらず、持続的な強さを持つブランドに育成していくために必須であることはインターブランドとしてこれまでお伝えしてきたことでもあるが、改めて、こうした状況下においてスピーディーに対応できている企業を拝見すると、常日頃から全社員にブランドの考え方を刷り込み、「実態創り」ブランディングを実行していることが、今後の持続的成長に向けて要になってくるのではないかと実感している。
最後に。
この状況下、社員のみなさまは働き方も大きく変わり、時には不安を感じていたり、意識も日々、変わっている状況にあると思う。これまでは、オフィスにいることを前提とした組織、チームワークの最適を考えればよかったが、今後は同じ空間、場所に居なくても社員と企業がお互いに信頼関係を構築し、共に成長していくような環境を創っていくことになろう。この辺りは、グローバル企業はその拠点が地理的に離れているということもあり、ブランドをうまく「活用(利用)」してグループ内を束ねている企業が多いように感じる。一方、多くの日本企業はこれからのチャレンジになると思うが、ぜひ、ブランドの魂を社員ひとり一人に吹き込み、ブランドで社員をエンゲージメントすることにより、どのような危機をも乗り越えられる、全社員が主役の強い「実態創り」ドリブンのブランディングを実現していただきたいと願っている。