- ブランドの社会的な「意味性」が問われる時代 ― 「利己」ではない「利他」という思考へ | インターブランドジャパン

- ブランドの社会的な「意味性」が問われる時代 ―
「利己」ではない「利他」という思考へ

エグゼクティブ・ディレクター 戦略グループ
矢部 宏行

新型コロナウイルスが及ぼす影響
2020年は、日本にとっては東京にオリンピック・パラリンピックを迎え、盛大な盛り上がりが期待できる年になるはずであった。しかしながらその開催も早々に延期が決定され、今や音楽等の催しや各種スポーツイベントも自粛されている状態だ。ビジネスマンは極力、会社に行くことを回避し、リモートワークに四苦八苦し、家庭ではスーパーマーケットに“毎日”行くことすら憚られるようになった。食事を楽しみに出かける、ショッピングを楽しみに行く、スポーツやエンターテインメントイベントにでかけるといったことができない中、人々の心にあるのは、重苦しい「閉塞感」だと感じる。

世界中の誰もが新型コロナウイルスが一時的な問題として終息することを期待しているが、このウイルスへの特効薬はすぐに完成するわけではなく、危機のレベルは和らいだとしても長期的な戦いを余儀なくされそうである。そして、長期的な問題になると、この「見えない敵」は感染して病気に至らしめるという直接的な悪影響ではなく、私たち生活者の精神的ストレスとして重くのしかかる。日常生活では、予防のために常に人との距離が気になり、手指の清潔に気を付ける。そして、外食や旅行は気楽ではなくなり、いつもある一定の緊張感の中での時間になるのかもしれない。さらには、ビジネスを好転させようという企業人たちの気持ちにまで悪影響を及ぼす。

 

危機下におけるブランドの役割
イベントが延期や中止になったスポーツ業界やエンターテインメント業界には、無観客で実施しながらオンライン配信するという取り組みを実施している。通信技術を通じた新しい形での「体験」の仕方を示したものであり、技術的なイノベーションが「閉塞感」を打破するために機能した一つのケースと言えるだろう。

では、ブランドはこの未曾有の危機の状況下で何ができるのか。
マクドナルドやフォルクスワーゲン、アウディなどが、ブランドシンボルの要素を離してデザインし掲載することで、新型コロナウイルス対策の一つである「ソーシャルディスタンス(社会的に距離を取ること)」を啓蒙しようとする意思を伝えたのは記憶に新しい。
このアイディアの是非はともかく、「ブランド」というものが、人々に希望を与える志であり、お客様との絆を築く約束であるならば、「危険」からフィジカルに回避する道筋や、心の「閉塞感」から脱出する道筋について、その「ブランド」ならではの意思を明確に伝えること、具体的な行動を通じて指し示すことは、社会や顧客にとって重要な意義をもつと考える。

 

新たな思考の芽生え
現在の新型コロナウイルス危機への対策を見ていると一つの思考の変化が見てとれる。それは、「自身が感染しないという目的よりも、むしろ他人を感染させない目的のために行動する」という考え方だ。あるグローバルでのリーダーが、マスク着用に関するこんな発言があった。「マスクは新型コロナウイルスの侵入を防げないが、相手を感染から防ぐという意味で価値がある。同様に、マスクをする人が増えればそれだけ自身の感染は減少する」といった内容であり、マスク着用の第一目的は相手を保護するためにあると明確に説明していた。

マスクの着用だけではなく、外出自制、学校休校、在宅勤務など密閉、密集、密接を回避するための一連の対策もこの「他人が感染しないため」という基本目的がある。自身の行動が他者に影響を与える。だから、自身の行動に責任を持つ、つまりは自身の行動が他者にどのような影響をもたらすかを考えて行動するという思考だ。この考え方は、新型コロナウイルス危機前にはあまり見られなかった思考である。働くにしても、学ぶにしても、従来の思考は、「自身のため」が先行する考え方、いわゆる「利己的」な思考が優先されて人が行動していた状態から新型コロナウイルス危機以降は、他人に悪い影響を及ぼさないように行動するという「利他的」な思考が生まれてきていると考える。

「利他主義(altruism)」という言葉は、「利己主義(egoism)の対概念」としてフランスの社会学者オーギュスト・コントによって造られた言葉である。行動論的には「社会通念に照らして、困っている状況にあると判断される他者を援助する行動で、自分の利益を主な目的としない行動」と言える。
「自分を犠牲にしても他人の利益を図る」という意味に捉えてしまうとビジネスにはそぐわないという意見もあるかも知れないが、京セラ創業者の稲森和夫氏は、経営をする上で「利他の心を判断基準にする」としている。「利己の心で判断すると自分のことしか考えていないので誰の協力も得られない。そして視野も狭くなり、間違った判断をしてします。一方、利他の心で判断すると、まわりの人みんなが協力してくれる。視野も広くなるので、正しい判断ができる」という考え方だ。

世界の社会に目を移せば、ややもすると国や政治の中において、自国優先主義と見られる発言や行動が目立っていた中に、新型コロナウイルスによる感染拡大とそれに伴う経済危機が、グローバルな問題として立ちはだかった。今回の未曽有の危機を乗り越えるためには、各国が協力し、グローバルに結束することでしか立ち向かうことしか方策はなく、グローバル社会の中にも「利他的」な思考が芽生え、自然に定着し始めていくのではないだろうか。

 

ブランドに求められるのは、「利他的」な思考に基づく社会的な意味性
優れた機能と魅力的な世界観を持ち、顧客との密な関係性を持つブランドは、顧客から愛される。ただ、突出した独占的な能力をもつブランドを除いては、世の中にあるブランドの多くは、競争者が存在し、代替されるリスクにさらされており、そこから脱するべく、あらゆる手を尽くして顧客との絆を強固なものにしようとする。力を尽くした2つのブランドの優劣が決定的でない場合、ブランドを選択する要因が一つあるとすれば、そのブランドが、何を考えているのかという意思であり哲学であろう。同じスキルをもった2人の人間の採用を考える際に、性格や考え方、ビジョンが採用の決定要因になることとよく似ている。ブランドを選択する際にも、そのブランドが持つ哲学が、私たちの感情を後押しするモチベーションを与えてくれる。

前述の思考の変化は、ブランドにどのような変化をもたらすのだろう。

社会に「利他的」な思考が定着した後、ブランドが持つべき哲学は、社会的な意味性と強く関連性を持つものになるだろう。もちろん、そのブランド毎の「らしさ」(ブランドアイデンティティ)が重要であることは言うまでもない。その「らしさ」を基盤に、「他者を慮る」という「利他的」思考を伴ったブランドは、私たちや社会に寄り添ったブランドとして受け入れられる。不安定で不確実な時代に選ばれるのは、顧客や社会に近しいと思える、そして頼りになるブランドである。
ブランドが有すべき本質とは、スペックや性能といった機能的な価値や、世界観といった情緒的な価値をも超えた、社会における「意味性」と顧客からの「共感」、偽りのない「透明性」を伴った哲学ともいえる。今回のグローバルな危機を経て、ブランドが「利己的」ではなく「利他的」に、どんな信念をもって行動をするのか、私たちや私たちの社会にどんな意味性をもたらしてくれるのかが、ますます重要な要素になっていく。

記事一覧