これからのラグジュアリーブランドの方程式:ライカ、そして真空管アンプ | インターブランドジャパン

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これからのラグジュアリーブランドの方程式:
ライカ、そして真空管アンプ

インターブランドジャパン
シニア・ディレクター 戦略グループ 佐藤紀子 

「世界で成功している日本らしさを打ち出して成功しているラグジュアリーブランドをベンチマークしたい」
最近、一番苦しめられたお客様からの宿題である。

この宿題をくれたクライアントは、日本発ブランドをラグジュアリーブランドにリポジショニングするミッションを負っている英国人。正直当惑した。なぜかというと瞬発的にすぐに思い浮かぶブランドがなかったからだ。宝飾・化粧品・アパレル・スイーツ・リゾート、あらゆるカテゴリーでいくつか想起してみたが、せいぜい「プレミアム」セグメントであり、何というか、「いいところまでは行くのだが、ビンゴ!ではなく、惜しい・・」という感覚なのだ。この「惜しい」とは何なのか。考察してみたい。

最近、美大が企画するオープンセッションがなかなか面白く、マイブームとなっているのだが、その一環で数週間前に武蔵野美術大学のオープンクラスに参加した。著述家の山口周さんのレクチャーがあったのだがその中で興味深い言及があった。
「デジカメは周知のように衰退の一途だが、びくともしない売上を記録しているのがライカで今後生き残るブランドはまさにこういうブランドだ」とのこと。値段は200万、製品自体は重く、自動機能も少ない。ただ、ロイヤル顧客だけではなく、新規顧客も獲得し続け、いまだファンを増やし続けているという。このような現象の考察として「物性としての『不便さ』を『至高な意味』で埋めることができるブランドこそ永く、強く、生き残る」ということを話されていた。言い換えとして「物性=サイエンス」を「意味=アート」で上書きできることだという。

そういえば、最近私の周囲で真空管アンプで音楽を聴いているという友人たちが増えている。彼らもバリバリ仕事をこなし、私よりもはるかにライフスタイルがIOT化している者たちだが、家に行くととても誇らしげに真空管アンプを披露してくれる。特注、値は張る、場所はとる、メンテナンスも自力では無理で手間がかかる・・・などの諸事情はつきものらしいが、最後に「でもね、このまろやかな音を聞いているとたまらなく贅沢な時間になる」。まさに「物性の不便さ」が「音色をたしなむ崇高なひと時」なる意味合いに覆われ、その人にとっての「至高の存在」となっていたのだと振り返る。物性をどんどん下げていき、その代わりにストーリーや意味合いを上げていき、そのギャップの幅を広げていく、そのギャップ=至高ということだ。それを体感した者はもはや「ファン」を超えて、「信者」とも呼べるまで抜け出せないほどブランドへエンゲージメントしていくという世界なのだ。デジタルトランスフォーム、Tech化等、物性の進化が止まらない今こそ、そのギャップ幅はこれからもどんどん広がっていく。だからこそ、ライカ、真空管アンプなどの価値が光を帯びて至高性となって存在感を放つのだろう。

冒頭に書いた宿題への当惑体験にもどる。

日本ブランドで何故ラグジュアリーブランドが思い当たらないのか – ここにきて答えとしては、日本ブランドは圧倒的に「物性を高めること」で戦ってきたからだということだ。例えば、化粧品であれば「より機能が良いもの」「効果が目に見えるもの」「パッケージが高級そうなもの」がプレミアムとなる。アパレルであれば「他と違うデザイナーの個性があるデザイン」「今までにない素材感」などがプレミアムたる理由にはなる。そこまではいくのだが、ラグジュアリーという高みにまで行けていないのは、まさに物性を物性で塗り替える「サイエンス」を主戦場とするあまり、それを上回る「アート・意味合い」を生み出せていないのだ。 「惜しさ」とはここなのだろう。

欧州がラグジュアリーの生みの地だということも改めて頷ける。
19歳の時に南仏でホームステイをした経験があるのだが、ステイ先の老夫婦は元フランスの国会議員という社会的地位の高い家庭で3か月もの間お世話になった。どんな豪邸なのかと浅はかな私は変に浮かれて行ったのだが、彼らのライフスタイルは微塵も華美ではない代わりに、古い家を自分たちの目で選んだアンティークで自分たちのスタイルに合うようにデザインし、食材からワインまでも時間をかけて手作りをして・・という「楽しい無駄」に溢れていて、いわばちょっとした不自由を心から楽しんでいる様子だった。若い私は「これが本当に贅沢な暮らしなのだろうな」という感覚を覚えた。なぜなら、彼らの暮らしがとても美しかったからだ。

最後は余談になってしまったが、日本のブランドがプレミアムからラグジュアリーブランドへの高みに行けない惜しさに関して考察をしてみた。Tech化は間違いなく今後も進み続けるだろうし、我々の人間社会の課題も物性=サイエンスにより救われることも多々あることは間違いないが、所詮目に見える上書きの戦いで時間がたてば普遍化・同質化していく世界だ。そのような時代の流れだからこそ、かけがえのない至高性をもたらし、唯一無二の意味をもたらしてくれるラグジュアリーブランドは我々の人生に色を与えてくれるものとしてその存在感をより増してくるのではないかと思う。

物性<アート=至高。

今度冒頭のような宿題を投げかけられたとき、私の頭のなかに浮かぶブランドは何だろう。
それがぜひ日本発のブランドであってほしいと願う。

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