業種を越えるブランドストレッチ ―競争が激化するホテル市場への異業種の挑戦― | インターブランドジャパン

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業種を越えるブランドストレッチ
―競争が激化するホテル市場への異業種の挑戦― 

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シニア・ディレクター クライアント・サービス&ソリューショングループ 黒木 英明

2020年という節目の年、そして東京オリンピック・パラリンピックの開幕がいよいよ目前に迫ってきた。オリンピックについては、パートナー(スポンサー)企業によるさまざまなキャンペーンを目にする機会も一層増えてきているが、こうした流れの中でインバウンド関連業界、中でも観光・ホテル事業に関するビジネスが活況を呈している。本稿では、成長を続けているホテル業界における注目すべきブランディング、ブランドの動きについて、考察を試みてみたい。

(1)「観光先進国」を目指す日本

まず、こうした好況な業界動向の背景として、国を挙げての観光事業への取組がある。急速に進行する少子高齢化・人口減少という流れの中で、地方を含めた国の創生事業の柱として2003年に始まったビジット・ジャパン・キャンペーンからその取組は本格化した。当初漸増にとどまっていた年間訪日外国人旅行者数は、リーマン・ショック、東日本大震災等、観光業界にとって厳しい時期を経て、2012年より年間訪日外国人旅行者数(836万人)は増加に転じ、翌2013年にその数は1,036万人、2014年には2,404万人を記録、2018年には3,119万人と初めて3,000万人の大台に達し、6年続けて過去最高を記録している(出典:日本政府観光局(JNTO)資料 「年間訪日外国人旅行客数」 )。さらには2020年の4,000万人、2030年には6,000万人を目指すという壮大な政府目標に向けて、訪日ビザ緩和等の戦略的施策、地方を含めた国内観光資源(コンテンツ)のさらなる魅力化や、ストレスのない快適な旅行に欠かせない交通・通信・決済などのインフラ整備等、「観光先進国」に向け、インバウンド強化を図る官民一体となった取組が続けられている。

こうした国内の動き、並びに近隣アジア諸国を中心とした経済成長という国内外の流れと呼応する形で、国内ホテル業界は近年伸長を続けてきている。その伸びを具体的に見てみると、2008 年度末における国内ホテル軒数・客室数はそれぞれ9,603軒・780,505室に対し、2017年は10,402軒・907,500室と、この10年間でそれぞれ8.3%、16.3%増と大きな伸びを示している(出典:厚生労働省「衛生行政報告例」)。また現在予定されている将来数字としては、2018年12月以降全国で新たに開業予定のホテル数・客室数は、それぞれ729軒・109,317室となっており(週刊ホテルレストラン 2019年6月7日号)、今後、2018年に施行された住宅宿泊事業法によるいわゆる民泊の本格的な高まりや、業界全体での人手不足等による下押し圧力がかかる側面はあるものの、現在5兆7,000億円超とされる市場(出典:総務省統計局 29年度「サービス産業動向調査」)は、今後も成長が続くものと見られている。

(2)ホテル業界の新たな潮流

こうした「ホテルブーム」とも言われるほどの盛り上がりを見せる国内ホテル市場において、近年オープンしたホテル、そして今後オープン予定のホテルで目立つのは、やはり外資系ブランドである。Marriott、Hilton、IHG(Intercontinental Hotels Group)、Hyattといった主要グローバルホテルグループはいずれも攻勢を強めており(というより、もはや「猛攻」という言葉の方が適切かもしれない)、昨年から2023年までの、主要外資ブランドにより現状公表されている開業予定を一覧にすると、別表(図1)のようになる。この他にもまだまだ計画・検討中のものも多くあると聞く。正直、こんなにたくさん作ってオリンピック後は大丈夫なのか、と心配にならなくもないが、上記の政府目標の達成、「観光先進国」実現のためには、これでもまだ足りないくらいとも言われている。

改めてこの一覧を見ると、いずれのホテルグループにおいてもハイエンド、ラグジュアリークラスのブランド展開に力を入れていることが見て取れる。これは、そもそもグローバルレベルで見た際に、他の先進国の各都市に比べ、日本国内にはハイエンドなホテルの数が圧倒的に少ないということも影響しているが、ここではMarriottグループ傘下の最上位ブランドの一つとして日本に初めて参入する「BVLGARI HOTELS & RESORTS」 のブランド展開に注目して見たい。

図1:2018年以降国内で開業(予定)の主な外資系ホテル(各社発表資料より作成)

① ラグジュアリーブランドがホテル事業に取り組む意味

高級ジュエリー、ウォッチ、香水、アクセサリー類等のラグジュアリーブランドで知られる「BVLGARI」は、2004年ミラノでのホテル事業参入を皮切りに、バリ、ロンドン、北京、ドバイ、昨年の上海に続き、パリ(2020年)、モスクワ(2021年)、そして2022年に東京に国内初のBVLGARIブランドのホテルを開業すると、発表した(2018年)。グローバルで見ると、ラグジュアリーブランドのホテル事業参入事例としては、他に「ARMANI Hotels & Resorts」(ドバイ、ミラノ)、「PALAZZO VERSACE(VERSACE)」(ゴールドコースト、ドバイ)等が挙げられる。

こうしたラグジュアリーブランドがホテル事業へ参入する背景としては、当初は本業のターゲット層とのマッチング、顧客アプローチ強化を想定したものであった。そこから近年はグローバル・ラグジュアリー市場、特にホテルや旅行、フード&ビバレッジなどの「体験・共有型ラグジュアリー」が、宝飾品や高級ファッション、バッグといったいわゆる従来の「所有型ラグジュアリー」よりも高い成長を示しているように(A Snapshot of the 2017e Luxury Market, BCG)、富裕層における消費活動のあり方の変化がラグジュアリーセクターにも影響を及ぼしており、このことが一部のラグジュアリーブランドのホテル事業展開の後押しをしている。

またブランドの打ち出し方に関して、ブランドによってアプローチの違いが見られる。ARMANI、VERSACEがホテル内のインテリアやファニチャー、アメニティなど、それぞれの製品や素材を最大限に活用した、ブランドの世界観を文字通り体感し、浸ってもらうための巨大なショールームのような形でそのホテルを位置付けているのに対し、BVLGARIの場合は、そもそもホテル内でプレイスメントできるものがそれほど多くないことや、ドバイ、上海のような都市型ホテルとバリのようなリゾートホテルの両方を持っていることなどから、下記のようなブランドとしての考え方を明確に定め、さまざまなサービス、ゲストへ提供する価値やスタイルを通じて、より深いレベルでブランドを感じ、理解を深めてもらうことを狙っている。

 BVLGARI HOTELS & RESORTS / Values, Motto and Service Concept

 Our Values:        Pure Presence, Radiance, Grace, Authenticity, Integrity, Tradition of Excellence

 Our Motto:          True to self and others(自身に誠実であるように他者にも誠実であれ)

 Our Service Concept:  Informal yet impeccable

② 異業種からの参入が相次ぐホテル業界

また、国内のホテル業界へは近年ラグジュアリー以外にもさまざまな業界からの参入が活発化しており、注目を集めている。レストランやカフェ、アパレルにIoT企業等々、実に多様な業種からのホテルへの参入が見て取れる(図2)。2019年4月銀座で開業した「MUJI HOTEL GINZA」も、そうした異業種からの参入事例のひとつである。

図2:異業種からのホテル参入事例

家の中で周りを見回すとすぐに2つや3つのMUJI製品がすぐ見つかる、という家も少なくないと思うが、ホテル空間のほとんどをMUJI製品にしてしまったのがMUJI HOTEL GINZAである。コンセプトを「アンチゴージャス、アンチチープ」として掲げ、日常生活の延長で過ごせるホテルとして、先行して開業した中国・深圳(2017年)、北京(2018年)のMUJI HOTELと同様、無印良品の店舗が併設されているほか、日本で初めての無印良品食堂 MUJI Dinerが地下1階に展開されている。フロントや共有スペース、客室の空間では、木や石など自然素材がふんだんに取り入れられ、シンプルで無駄のないデザインによる簡素でありながら良質なMUJIらしい世界が広がっている(図3)。

他にもイベントや展示を定期的に行なっているATELIER MUJI GINZAがあり、MUJIブランドが考えるものづくりやデザイン、カルチャーを発信する場ともなっており、施設全体を通じてその世界観を多面的に体験・理解することができる、ブランドの「聖地」のような場所となっている。

図3:MUJI HOTEL GINZA

また海外に目を移して見ると、台湾では、蔦屋書店が開店の際に参考としたことで知られTIME誌アジア版で「アジアでもっとも優れた書店」にも選ばれた「誠品書店(eslite)」が運営する「誠品行旅(eslite hotel)」(2015年3月開業)、アメリカでは高級フィットネスクラブ 「Equinox」がニューヨークのハドソン・ヤード開発地区に展開する 「Equinox Hotel New York City」(2019年7月開業)や、世界各国でカフェ・レストラン事業を行なっている「Hard Rock Cafe」は1995年よりホテル事業として「Hard Rock Hotel and Casino」を世界各国で約30施設を展開、2019年秋にはフロリダで巨大なギター型ホテルをオープンすることを発表するなど、話題となっている。

(3)異業種からのブランドストレッチの成否を分けるもの

先に述べた国内市場の状況から当面拡大を続けて行くと思われるホテル業界ではあるが、このようにブランドの乱立が激化する環境の中で、異業種から参入するブランドがいかに従来のホテルブランドにないユニークな強みを持っていても、ホテルを本業とする国内外のブランドを相手に中長期にわたって成長を続けることは容易なことではない。ではその成功の鍵となるものは何であろうか。

もちろん、ホテル事業の目的をどう設定するのか、すなわちいわゆるブランド体験のための象徴的なショーケースとしてごく限られた数での展開なのか、あるいは企業として事業の柱の一つとしてホテル事業に取組むのかによって、人材面やオペレーション面での対応等、その難易度も成否の判断基準も全く異なってくるが、いずれの場合でも言えることは、いかにブランドとしての考え・約束を明確に定め、その約束をサービス(Product & Service)、空間(Channel & Environment)を通じて現実のものとして体感させることができるか、オンライン/オフライン含めコミュニケーションタッチポイントで発信・受信・共有ができるか(Communication)、そしてこうした活動をスタッフ一人ひとりが理解し実践できるか(People & Behavior)、という4つの要素が重要となってくる(図4)。

図4:ブランドの約束を実現する4つの要素

また、特に本業と同じブランドを冠する(もしくはエンドースされる)ホテルを展開する場合は、本業のブランドとのコンセプトの整合性や関連性、展開性がしっかりと感じられることが、事業の成功には不可欠である。裏を返せば、そもそも本業のブランドが明確でなければ、いかに成長市場の中にあっても成功することは難しい。2018年末に訪れた先述の誠品行旅(eslite hotel)もMUJI HOTELと同様に、「讀萬巻書、行萬里路。 / To read is to live a thousand lives. To travel is to discover the world. (万巻の書を読み、千里の道を行く。)」というブランドのコンセプトそのものを形にしたホテルであった。伊東豊雄氏設計によるこの美しいホテルは、台北・松山文創園區(松山文化クリエイティブパーク)内にあり、ラウンジ、共用スペース、客室内等、随所にブランドの世界観が表現されており、また忘れてはならない点であるが、ホテルとしてのそもそもの基本機能、サービスクオリティも素晴らしく、業界や利用者から非常に高い評価を受けている(図5)。

図5:誠品行旅/ eslite hotel(台北)

このように異業種参入のホテルにとって、ブランドのコンセプトとその実現・実践が重要であることを見てきたが、最後にもうひとつ、さらにユニークな事例を紹介したい。

クラフトビールのブランドがホテルをつくったら、どんなホテルになるだろうか。
2007年、当時24歳だったJames WattとMartin Dickie、それと一匹の犬(Bracken)によってスコットランドで創業されたクラフトビール・ブルワリー「BREWDOG」は、ビールに対する熱い想いをもとに、自分たちが飲みたいと思える最高のビールを造ることを目指し、そのフラッグシップ・プロダクト「PUNK IPA」の名前通り「超」が付くほどの型破りなやり方と、理想を現実にするこだわり抜いた製品づくりで、古い体質のビール市場に革命を起こし、成長を続けている。創業当時3万ポンドだった売上は2018年には1億7,170万ポンド(約232億円、営業利益840万ポンド/約11.3億円)となっており(Equity for Punks, Securities Note 2019より)、その半分以上を海外で上げるグローバルブランドに成長した。

そのBREWDOGが2018年8月にオープンさせたのが、その名も「THE DOGHOUSE」という世界初のクラフトビール・ホテルである。アメリカ・オハイオ州コロンバスにあるこのホテルには自社のブリュワリーとクラフトビール・ミュージアムが併設されており、「蛇口からビール」の夢を実現させるべく、32の客室それぞれに予めゲストの好みに合わせたBREWDOGのビールサーバーを用意、ほかにもビールSpaやホップ由来の各種アメニティなど、ブランドのミッションである「To make other people as passionate about great craft beer as we are. / 俺たちと同じくらい、皆をクラフトビールの虜にすること」という想いが全身を通じて伝わってくるつくりになっている。

またこのホテル建設にあたっては、その費用の一部がクラウドファンディングサイト「Indiegogo」を通じて集められており、バッカー(出資者)には出資額に応じてさまざまなリワードが提供されているのもユニークな点である。近い将来に機会があれば、送られてきたこのTシャツを来て現地での体験をレポートしたいと思っている(図6)。


図6:BREWDOGのミッションとバッカーへのリワード

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