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ブランディングへの投資が重要である理由とは

ブランディングの基礎についての連載 第2回となる本稿では、コンサルタントのCalin Hertioga Johannes Christensen がブランディングに投資すべき理由、ブランディングが生み出す経済的価値について考察する
(※第1回についてはこちら。)


 

仮にあなたが大企業の最高経営責任者(CEO)で、生産設備の増強に1億ドル投資するよう取締役会を説得したいと考えているとしよう。投資利益率(ROI)の見込みについて質問される場合に備え、あなたのチームは過去のプロジェクトやベンチマークを基に、様々な情報を統合して潜在的収益をはじき出す。そしてそこから生産コストを差し引いて、新規の設備にいくら注ぎ込むのか(そしていつ建設するつもりか)分析を重ね、投資対効果検討書が発表に向けて準備される。

いざ取締役会が開かれる段になって、最高マーケティング責任者(CMO)が、これとは別に1億ドルの予算をブランディングに投じる提案書を携えてやって来る。マーケティングにではなく、ブランディングにだ。あなたは彼を数秒間無言で見つめ、クビにしてやろうかと考え、ひとまず曖昧な笑いを浮かべながらその案を却下する。ブランディングに1億ドルとは、一体誰の思いつきだ? もっと真面目に考えてもらわないと。

このように考えたあなたは、正しいと同時に間違っている。会社にとって必要なのは、生産設備と同じくらいブランディングのことを真剣に考える人物だからだ。このCMOは予算を要求する点では間違っていないかもしれないが、投資対効果検討書を準備していなかった点で誤っている。

あるいは、CMOが予算を要求することも誤りではないか? ブランディング活動を統括するのは彼の仕事ではなく、本来はCEOを務めるあなたの仕事だからである。ブランディングがCEOの仕事であるべき理由は、新しい生産設備が将来生み出す1ドル1ドルにブランディングが影響を及ぼすからだ。優れたブランディングを行わないなら、見積もった数字は控えめに言っても楽観的過ぎかもしれない。

では、ブランディングにいくらくらい投資すべきだろう? その答えを見つけるべく、ブランディングが価値を生むメカニズムを見ていこう。

 

経済的価値の核となる「取引」

あなたの会社が販売しているものがスマートフォンであろうと、フィットネスプログラムやジェットエンジンであろうと、何であれ価値創造の原則は同じだ。買い手は、製品・サービスを使用することで将来得られる価値と引き換えに対価を支払う。

経済的価値 [i] を創造するために、あなたは買い手が(競合相手からではなく)あなたから繰り返し、できれば大きな利幅が見込める価格で買ってくれることを望む。

そのためには、買い手から認識された上で信用され好きになってもらわなくてはならない。ブランディングは売り手にとって、買い手の認識や信頼、親近感に影響を及ぼし、ひいては経済的価値を生む最も効果的なツールの1つなのだ。

 

認識

スマートフォンを買おうと考えている友人(仮に”あやふやジョン”と呼ぶ)がいるとする。彼はプロバイダー各社の仕様が書かれたリストを手に入れるが、どれも同じに見える。通勤途中に地下鉄でスマートフォンの広告を見かけても、メーカーの違いが分からない。職場では同僚たちが新しく買ったスマートフォンを自慢し合っているが、機種名は分からない。そして仕事が終わった後、販売店に立ち寄る。さて、一体どれを買えばいいのか? ジョンはそれまでに得た情報を、店で紹介される個々のプランにリンクさせることができない。彼が持ったどのタッチポイントにも、特定の携帯電話会社との明確な(あるいは潜在的な)関連性がなかったからだ。したがって彼の選択は店頭で受ける対応や説明次第となり、すべての製品が同じに見えるのであれば、いきあたりばったりとなってしまう。

以上は架空の事例だが、例えば、あなたが先週見たすべての広告を考えてみて欲しい。見た広告はいくつあって、それは何の会社だっただろうか? カスタマージャーニーに沿って認識されることが少なければ少ないほど、買い手が他社から買うリスクは高くなる。オファーが似かよっていればなおさらだ。売り手であるあなたは、どのタッチポイントにおいても他社との違いをきちんと認識されたいと考えるだろう。だが言うは易く行うは難しである。

 

一対一の関係や小規模のコミュニティでは、認識は容易になされる。人間は生物学的に、顔 [ii] 、体型、動き、声で他人を認識するようにできている。だがこのプロセスは動物や物に対してはあまり有効ではない。いにしえの時代の「ブランダー」たちが、自分の財産を識別されやすいようにしたのもそのためである。古代ノルド人は自分が所有する牛に焼印(brand)を押し、中国の陶工は陶磁器に銘を入れ、皇帝は貨幣に自分の肖像を刻み、配下の兵に揃いの軍服をあつらえた。現代まで一気に話を戻すと、エンティティ(存在物)が認識されることを可能にするタッチポイントが無限にあるにもかかわらず、私たちの脳の働きはまったく昔と変わっていない [iii] 。ある程度単純化された特徴によって顔を認識するのとまさに同じように、製品やサービスを提供するエンティティを認識する際にも、私たちは情報のショートカットを求めるのである。

初期のブランダーたちは単純に自分の製品につけるシンボルを必要とした。だが今の時代に優れたブランディングを行いたいのなら、(例えばロゴのような)視覚的シンボルだけでは不十分だ。ブランディングとは、認識されるために行うすべてのことを指す[iv] 。(Nikeの)スウッシュのようなマークを付ける? 何もかも赤い色にしたらどうだろう? 店には同じ香水を撒いて、常に遊び心にあふれたトーン オブ ボイスを用い、親しみやすい陽気なCMソングを流そうか? いっそのこと全部やってみては?

どのようなシグナルを、どの買い手に、どのタッチポイントで送るのか。市場で方向性を示して買い手をサポートする方法を最適化するには、ブランド戦略が必要だ。

とはいえ認知されるだけで十分というわけではなく、もしブランド戦略をもっぱら感覚的要素に頼っているなら、販売・購入の取引に至るプロセス全体に対処できているとはいえない。なぜなら、買い手はあらゆる種類のメリットを約束するいくつもの売り手を認識できるからだ。そんな中で彼らはどの売り手を、どのように選んでいるのだろうか?

 

信頼

この世が完璧な情報が手に入る世界なら、買い手はスマートフォン、スポーツジムのメンバーシップ、ジェットエンジンを買う際のメリットを難なく定量化できる。その選択は明確であり、つまりは最も多くのメリットを提供する売り手から買う。だが現実はそう簡単ではない。買い手はすべてのオファーについて部分的かつ不完全な情報しか手にできないし、それに加えて、商取引が発生する前に本来埋めるべき時間的ギャップもある。例えば買い手がジェットエンジンを購入したとして、その時点ではエンジンが本当に20年間問題なく動くかどうかは分からない。エンジンが20年機能し、会社が15年存続してサポートしてくれると信じるだけだ。

買い手はそれぞれの取引の場面で信頼感を高めている。以下に3つのポイントを挙げよう。 

1)買い手が受け取る様々なシグナル
ここには、例えばジェットエンジンの場合なら、売り手が買い手とやりとりする方法や営業担当者のマナーおよび教育・知識、プロモーション資料の内容やデザインのクオリティ、工場訪問で気付いたこと、エンジンの外観、マスコミ記事、専門家向け掲示板における評価、色、トーン オブ ボイス、仕様などが含まれる(他にもたくさんある)。こうしたタッチポイントからすべてのシグナルが、買い手の頭の中で解釈(解読)・比較され、望ましい特定の売り手へと導く。

2)過去の約束が守られたかどうか
ジェットエンジンを買うのが初めてではない顧客は、過去の出来事を参考にし、様々な売り手がどのような約束をしたか、その約束が守られたか(あるいは守られなかったか)を思い出すことができる [vi] 。あなたの言動のすべては、顧客の将来の購買決定の材料として使われる可能性があり、時にはあなたにとって不利な決定につながることもある。

3)他の買い手の口コミ
ヒトが動物と一線を画す主な特徴の1つが、文化の蓄積性(cumulative culture) [vii] の概念だとされる。私たちは、たとえ面識のない人であっても、その人が語る話やその人に関する話を信じることができる。これにより、知り得た情報を家族や仲間だけでなく、コンタクトしたすべての人に伝えることができるのだ。また現代のテクノロジーは、インターネットでつながる世界全体にこうした情報を広めるのに役立っている。あなたがどちらを選ぶか迷っているオファーには、世界中の人々によってレイティングが付けられているかもしれない。一部の推薦コメントは他のものより重視される(特にジェットエンジンのような製品ではそうだ)ものの、一般的には、買い手は自分自身の体験だけでなく、知人の話や人づてに聞いた体験談に基づいて判断する。

 

これらの情報や購買への影響は、産業や取引の種類によって様々だ。例えば、初めての、あるいは一度限りの購買(新しいフィットネスジムへの入会や、リピーターになる見込みのない旅行客向けの土産物など)であれば、取引につながる信頼を構築するのにシグナルを観察し解読すれば十分かもしれない。次々とやって来る新規顧客へのサービスで成り立つビジネスには、知覚や短期記憶 [viii] に効果的なブランディングが顧客を引きつけるのに役立つ。この場合、認識されているかどうかはそれほど重要でないかもしれない。ごく一般的な土産物店であっても、観光名所に隣接するような理想的な場所にあれば、ブランド名やロゴ、ビジュアルアイデンティティを作らなくても、あるいは別の場所にある土産物店と差別化する要素がなかったとしても成功できる。

一方、リピーター顧客を相手にするビジネスを行っているなら、買い手の作業記憶・長期記憶をつなぎ止めるものを見つけなければならない。あなたは、買い手に対してあなたがシグナルを送ったこと、前に約束を果たしたのはあなたであることを買い手に記憶してもらい、他の見込み顧客にあなたのことを話してくれることを望んでいる。そのためには、彼らにあなたをきちんと認識させる必要がある。

ブランディングの主たる目的である認識は、体験を買い手の長期記憶に結びつける働きをしており、その体験が好ましいものであれば売り手の信頼構築につながる。売り手としてあなたが行うべきことは、買い手の信頼を得られるメッセージを伝えるためのタッチポイントの策定・調整・実行する知識・スキル・能力への投資をすることだ。ブランディングは、こうしたメッセージを(競合ではなく)あなたのエンティティと結びつけ、やがて信頼が醸成されるのに役立つ。

それでも、認識と信頼だけでは十分でないことも多い。なぜなら買い手は、ニーズに合ったサービス提供し、かつ信頼できる企業は1社だけとは限らないとわかっているためだ。Rolls-RoyceやGEは良いジェットエンジンを、SamsungやAppleは良いスマートフォンを、RunkeeperやRuntasticは良いフィットネスサービスを提供している。人はどうやって選ぶのか? 買い手はいとも簡単に、より好ましい選択肢にスイッチすることができるのである。

 

親近感

買い手の購入意思は、マズローの欲求5段階説(ピラミッド状ではないかもしれない [ix] )に散らばる多様なニーズを売り手が提供できるかにかかっている。

機能的メリット:製品・サービスが問題を解決する、あるいは機会を提供する

感情的メリット:買い手が企業の価値観に共感し、サポートすることに喜びを感じる

社会的メリット:製品・サービスを買うことが自己表現になる。自己の価値感や人となりを他人へ表現し、それを通じて特定のコミュニティに帰属意識を感じる。

消費者、BtoBのバイヤー、サプライヤー、あるいは求職者として、筆者はApple、Samsung、Siemens、GE、Runtastic、Runkeeper(および他の多くのブランド)が同等のクオリティを持つ製品やサービスを提供していると考えている。そうであったとしても、私はクオリティと同じくらいの比重で親近感を基に選択している。私は「Apple系」、それとも「Android系」? Siemensの製品を買うことは私について何を語り、それがGEであればどうなるだろう。私はRuntastic派、それともRunkeeper派? これらのうちいくつかの会社にはお金をたくさん払ってもいい(あるいはあまり払いたくない)かもしれない。

 

特定の売り手に対して買い手が抱く親近感が強ければ強いほど、取引が繰り返される可能性は高まり、高額の価格プレミアムが得られるのである。

 

マネジメントツールとしてのブランディング

買い手はあなたとのやりとりのすべてを基にして、その後の購入意向を左右するイメージや物語 [x] を心の中に作り上げる。彼らがあなたを認識し、信用し、好きになってくれれば、そしてさらに、あなたが信じることを彼らが信じ、あなたのオファーが彼らの自己表現を手助けするものであれば、彼らがあなたから購入する可能性は高まる。

新興のスタートアップ企業では、顧客とのタッチポイントのデザインなどを創業者と少人数の社員が一体となって行うことが多く、このことは買い手の心の中のストーリーに少なからず良い影響を与える。だが社員の数が150人を超えた途端、社員の間の有効な協力関係は限界を超える傾向にある [xi] 。互いをよく知り、共通の利益に対する責任を持てる「仲間」の規模を超えるのであれば、協力関係を調整する指針が必要となる。

一方大規模な組織では、それぞれ個別の課題・スキル・意向を持つ、様々な部署に所属する多数の個人によって、顧客とのタッチポイントが作られ管理されている。もし仮に社員への指導が行われず、買い手の体験が社員個人の考え方に左右されるような事態を放置すれば、買い手の心に首尾一貫したイメージや物語を作り出せるかは運次第になってしまう。そうする代わりに、賢いブランド戦略を打ち出すことによって社員の行動、ひいては買い手の体験に影響を与えることができる。

優れたブランド戦略は、人間の認識や、それが信頼・親近感に及ぼす影響力についての理解に根差していなければならない。できれば心理学、社会学、生物学、人類学、統計学、言語、文学、その他からの視点を含んでいることが望ましい。それは、あなたが買い手に作って欲しい物語や語って欲しい物語、さらには、あなたが投影したいイメージや提供したい自己表現のメリットなどによって構成されるべきである。併せて、これらが業務上どのような結果を生むべきかについて、社員を指導し事例を示すことも重要だ。優れたブランド戦略は、包括的なスキルやリソースを必要とする。これを実施するには、組織としての一貫した努力が要求される。さらに、意識的かつ的を絞った投資を行うことも必要である。

 

ブランディングへの投資

ブランディングは認識されるために意図して行うことすべてであり、認識は信頼と親近感を結びつける。したがって、優れたブランド戦略に必要な投資額を算出するには、以下のことを行わなければならない。

1. 売り手が買い手の認識に影響を与えられるすべてのタッチポイントを特定する
2. それらが購入の際に与えるインパクトを算定(市場調査など)し、優先順位をつける
3. ブランド戦略を策定・実行するのに必要となる以下のコストを見積もる。
 * ブランド戦略策定コスト(基本的には自分たちのチームで行うものの、コンサルタントの助けを借りることも想定)
 * 全社員を対象としたブランド戦略に関する社内研修(優先させるべき部門は、戦略、製品開発、デザイン、マーケティング、販売、人事、カスタマーサービスなど)
 * 「ブランド」体験が購入に及ぼす影響に関する調査(市場調査やプロトタイプ調査などにより実施)

ブランディング投資の方程式

 

ブランディング投資

ブランド戦略の策定・アップデートへの投資

ブランドが影響を及ぼしたいすべての認知媒体におけるコンセプト・デザイン・実行・メンテナンスへの投資

ブランディング戦略に関する社員研修への投資

ブランド管理プロセスの設計・運営への投資

人々のエンゲージメントやモチベーションを維持するための投資


ブランディング投資利益率

ブランディングによって得られる収入の増加

ブランディングによって得られる利益拡大

ブランディングによるコストの軽減

一見単純な方程式のように見えるが、これらの要素は簡単に定量化できない。これはブランディング専門家に突きつけられた課題である。彼らが自分たちのサービスに対する投資利益率を出すのに手こずっているなら、彼らの報酬は時間あたりの料金をベースとしているはずだ。そうであれば、非常に洗練されオリジナル性のあるブランド戦略策定への投資は、それが生み出せた場合のメリットに比較して低く抑えられる。このことは、優れたブランド戦略および実施に投資するチャンスをうかがう企業にとって有利である。

製品開発者やサービスの設計者が買い手の行動や自社のブランド戦略の両方を理解し、それを自分たちの仕事に活かすことができればできるほど、会社はさらに効率的かつ効果的に活動でき、調整に必要となるテストへの投資をせずに済ませることができる(”あやふやジョン”にもあまり関わらずに済む)。

ビジネスで(人生でも)出会う人々はみな、多かれ少なかれブランディングをしているものだが、誰もがうまくできるわけではない。ブランド戦略・実行を優れたものにするのは何か? それは顧客へのフォローアップの会話である。


 

《出典・脚注》

[i] 経済的価値=将来的な収入を生む能力に照らし合わせて算出された資産価値https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/economic-value
[ii] https://www.smithsonianmag.com/science-nature/how-does-your-brain-recognize-faces-180963583/
[iii] ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」(Harari, Noah Yuval ”Sapiens”)
[iv] https://www.interbrand.com/views/what-is-a-brand/
[v] Phil Borden著 “Decoded”や、ドイツ語で書かれたPhilipp Scheier著の”Cedes”が参考になる。
[vi] https://www.nytimes.com/2012/03/24/your-money/why-people-remember-negative-events-more-than-positive-ones.html
[vii] http://www.lse.ac.uk/philosophy/blog/2016/03/03/what-makes-humans-special/
[viii] 記憶の種類には、感覚記憶、短期記憶、作業記憶、長期記憶などがある: https://courses.lumenlearning.com/boundless-psychology/chapter/types-of-memory/
[ix] マズローが唱える欲求5段階は、ピラミッド型であるとは限らない: https://www.forbes.com/sites/stevedenning/2012/03/29/what-maslow-missed/#cfc0f07661b5
[x] 人間は意思決定のために常に複数の情報を処理しなければならない(現代ではかつてないほどその傾向が強まっている)ことから、そのすべてに対処するための単純化戦略を編み出した。それがストーリーテリングである。私たちはストーリーを語る動物だ。観察するすべてのものを、頭の中に絶えず浮かぶ物語のパターンに自動的に当てはめて考える。このことが示すのは、あなたが複数のタッチポイントで繰り返し認識されると、あなたが知らない間にある特徴に当てはめられるということである。
[xi] 「ダンバー数」:https://qz.com/846530/something-weird-happens-to-companies-when-they-hit-150-people/


 

Translated and edited from “Why invest in branding?” in VIEWS, Interbrand.com

Authored by Calin Hertioga and Johannes Christensen

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